ろく

こわい……。

私のその心の動きがわかったのか、鬼火のような目をした猫がこちらへ一歩踏み出してきた。

その動きに呼応したように、周りの猫たちの唸り声も一層高くなった。

私は航太の手を無意識のうちに握る。

航太も握り返してくる。

きっと航太も怖いんだと思う。

その時だった。

囁きに近い低さで、私の耳元で航太が呟いた。


(ゆうこ! 魚! 魚を後ろに投げろ! そして、逆の方に逃げろ!)


私はその声に従って魚を放り投げる。

ザワっとした気配は、秋刀魚の入ったビニール袋と共に、後方へ動いていった。

私と航太は後ろを振り返り、指示通り逃げようと思った。

だが、後方の猫たちが、秋刀魚の争奪に出遅れた為か、余計に猛り狂って歯を剥き出しにしていた。

今にも私たちに飛び掛ろうとその場でうずくまり始める。

おまけに猫たちの向こうに見えるはずの路地の入り口は、闇に阻まれて見えなかった。



シュっと力強い、砂の乗ったアスファルトを蹴る音が聞こえる。

ああ……だめだ……。

私がそう思った時だった。

目の前を斜めに過ぎるクリーム色のものを見た。

シュっと音がするたび、そのクリーム色のものは何度も跳躍する。

私は航太に起こされ、抱えられるようにして路地の入り口まで走った。

クリーム色のものが闇に飲み込まれる直前、最後の跳躍を見せた瞬間、その跳躍に切り裂かれたように入り口からの光が見えたのだ。
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