ろく


「おや? 名前、言ってたっけ?」

−はい。先ほど伺いました。


はい、嘘です。

聞いてません。

でも、ろくなんです!

これはろくなんです!


「なんかこの子、今日はおかしいわねえ。ちっともお嬢ちゃんの顔、見ようとしないよ! アンタ、照れてんのかい?」


おばさんはろくの顔を覗き込みながら、笑ってそう言った。

私も「そうなんですか?」と笑いながら言う。

本当は、ろくの話し方がおばさんにそっくりだったことに気づいて笑っていた。


「この子ねえ、夏の終わり頃だったかな? すごい怪我して帰ってきてさあ……」


そう言いながらおばさんはろくを抱え、お腹の傷を見せてくれた。

そのお腹にはいくつもの小さな傷が斜めに走り、その中でも一際大きな傷は、動物のことに疎い私でも、命の危険があったであろうことを容易に想像できた。

私と航太の為に……。

ろく……。
< 72 / 113 >

この作品をシェア

pagetop