猫とうさぎとアリスと女王
 懸高氏のお茶会では毎回お手前を披露するのが慣わしでした。

前方の畳が敷かれたスペースで行われるそれは、見ていてなんとも心が和むものでした。

今日もたくさんの方々が懸高氏のお茶を戴き、
「結構なお手前で。」
と一言、賞賛の意を込めて言うのでした。



そんな中、懸高氏はある人物の名前を呼びます。


「本日は予てから可愛がってきた女性に、私をお茶を振舞いたいと思います。」


すると懸高氏はイオを見つめます。

イオは恐るおそる一歩前へと踏み出しました。


「懸高おじ様、私などでよろしいのですか?」


懸高氏はその言葉に微笑みました。



こうしてイオは懸高氏の正面に座り、お手前を頂戴することになりました。

茶筅の軽い音がホール内に響き渡ります。
心地よい、そして美しい振る舞いに皆見とれていました。


イオの端整な唇がお茶碗に触れ、コクリと喉が動きます。

本当にうっとりするほど美しい様は、そこにいた全員を魅了しました。

お茶を全て飲み干したイオはお茶碗を置きます。
しかし、あの言葉を言わないのです。

“結構なお手前で”

それを言うのは礼儀であり、茶道の常識でもあります。
イオがその言葉を言わないので辺りは少々ざわつきます。


私が心配そうにイオを見ると、どことなく様子が変です。
私は隣にいたサボの腕を引っ張りました。


するとイオがその場で倒れました。


「イオ!」


私とサボはイオに駆け寄ります。

激しい動悸に手先の痙攣。
私はそれを見て異常なほどの恐怖を感じました。


「イオ!イオ!どうしたのですか!?」


私は涙ながらに叫びました。




どうしましょう・・・。


イオが死んでしまう!


私の心はそんな恐怖に駆られました。
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