―ユージェニクス―
「そもそも君に拒否権は無い。ここで時間を食うわけにもいかなくてね」

「ちょっと……拒否権が無いとか一般人じゃないとか、人を実験体みたいに言わないで!」

食ってかかった茉梨亜だが、当然の様に一蹴される。

「おや、その通りだよ?」
「!!」

「ま、研究所側は立場があるからそんな単語は使わないけどね。言うなれば貢献者だ」



「……貢献者、か」

拜早が何かを思い出す様に呟いた。


「…行かないとは言えないんだな」

「あぁ、君には来て貰うしかない」



「……拜早?」


茉梨亜が振り向いて見れば、ジャンパーを着た男達が拜早の左右に位置している。

拜早は抵抗するそぶりは見せなかった。


それは、塔藤の指示に従うという事で。



「や、やだ……拜早……行かないで」


茉梨亜は思わずかぶりを振る。

事態が飲み込め無い。
飲み込む意味が分からない。

茉梨亜にとっては本当に突然な事だったのだから。


「さぁ、行こうか」


「ま、待って!」


茉梨亜は拜早の袖を引っ張った。

少し長い袖口は拜早の手首を隠していたが、それでも彼の細腕を実感する。


「拜早、行かなくていいよ!あたしには戻ってこいって言っておいて、そんなのないよ」

茉梨亜の黒い瞳は、彼の茶の瞳を覗いていた。

日本人離れした、明るい茶色の目……


白髪にそれは、とても綺麗で。


そして無言で

関わるな、と言っていた。



「なんで……なんでそんな顔するの」


その拜早の表情を咲眞は見た事がある。

暗い廃屋で、関根拜早が“茉梨亜”に見せた顔。

あの時は、安堵の表情だったと思う。

今回も似ている。

けど恐らくこれは苦笑だ。

「……」

拜早のその顔はほんの一瞬だけ。


「話は終わりだ」

男の言葉で遮られた。


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