―ユージェニクス―

―7―




焦げ茶縁の眼鏡に黒いロングヘア。

顔立ちは幼く、大学出だというにはまだあどけない表情が残っている。


そんな村崎律子は昔から予習をするタイプだった。

だから今回も、初出勤の前にもう一度仕事場を見ておきたいと思ったのだ。


「…よしっ」

ずれた眼鏡を直し、聳え立つ建造物を緊張気味に見上げる。


ここへ来たのはこれで二度目。

一度目は職場決定の面談の後に軽く見学でもと、これから上司になる人物の配慮で少しばかり案内された。


あれから一ヶ月ばかり立ち、実際の本勤務も後何週間か先。

だがそれまでに今一度、少しでも初社会人としての職場に慣れておこうと、こうして勤務地の研究施設を訪れていたのだった。






「すみません、アポはないんですが……」

予め支給されていた律子のIDカードを警備室に提示し、上と連絡を取って貰う。

「村崎さんね……総合薬剤課の研修……」

「はいっ」


テキパキと照合される。
警備員が叩くパソコンには今、村崎律子のデータが映し出されているのだろう。


「はい、チェックいいですよ。中に話通したんで、そこの扉出た所のインフォメーション前で待ってて下さい」

「ありがとうございます」


ぺこりと一礼して指示通りの扉を押す。


その先は綺麗に開けたエントランスになっていた。

研究所というよりは株式会社を多数抱えたオフィスビルのロビーの様で、かなり広い。

そこを行き交うスーツ姿や白衣を纏った人々。

そして端には青々とした観葉植物が置かれ、待ち合い用のソファーやテーブル、奥にはカフェの看板も見える。

「へぇ……」

律子はレンズの奥の目を丸くして素直に驚いた。


このロビーは正面出入り口と一体になっている。

ここは施設所員だけではなく、業者や大学教授、医学博士等の客が通される場所故に、こんなにも綺麗にしてあるのだろう。

今日律子が入って来た裏口と比べてみても、明らかに研究所の暗いイメージが払拭される。

< 290 / 361 >

この作品をシェア

pagetop