―ユージェニクス―

―3―

コーヒーを片手にしていた棗が、相変わらず診療所の事務机に向かいっぱなしの管原を見つめている。

「………弾」

「なぁに棗ちゃん」

軽口で返事をしつつも、急々と書き殴っているレポート用紙から目を離さない管原。

「…いい加減休んだらどう?貴方不摂生だし…そろそろ身体持たなくなるわよ」

普段は自分の感情を顔に出さない棗だが、流石に管原の生活態度には心配そうな顔色を見せる。

「だぁいじょうぶだって」
「あのね、仕事量の話じゃないのよ」

呆れを含んだ棗の言葉に管原は走っていたペンを久しぶりに止めた。

「…そーだなー、確かにここんとこ仕事と少年の世話ばっかでろくに女っ気もなかったし…棗ちゃん相手してくれる?」
棗に向き直った管原は、やはり不精髭がはえている。
棗はそれを見て溜め息を衝きながら管原の前に立った。
「あのねぇ!まずお風呂とか…髭を剃るとか!身嗜みと生活習慣を整えなさいって言ってるの!」
管原を指差しながら棗は説教じみた口調で言ってのける。
「仕方ないだろ、そんな時間があったら寝る」
「まったく…」
この男は、と棗は管原を臭いものを見るかの様に見下ろし(実際臭いのかも知れないが)空のコーヒーカップを事務机に置いた。

「いい?次来た時はせめて髭ぐらい剃っておきなさいよ!じゃあ私戻るわねっ」
言ってスタスタと玄関口に行き、置いていた書類鞄を引っ掴んで棗は診療所から立ち去ってしまった。


ピシャリと扉が閉まる。


「……なんだぁ?棗のやつ、俺の生活態度なんか気にかけやがって…おかんかよ」
「違うだろ」

いきなり声が降ってくる。
診療室の白い仕切りの向こうから、白髪の少年が現れた。


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