月夜にヒトリゴト

思い出と呼べるものは、何一つ手元には残ってない。
それでも、ありありと蘇る記憶が、私の中で夜な夜な眠れぬ時間を導いてくる。

不眠と食欲不振が訪れて3週間後、体重は5キロおちていた。
三人の子どもを育てる母親としては、寝込んでもいられない日々が続き、体力も限界だった。
元々、胃が弱く、誰にも話せない不安からか、潰瘍が出来ていた。
入院なんてできるはずもなく、点滴を受けては、自宅で日常生活を送っていた。

そんな私に、もう一つ、アクシデントが訪れた。
いや・・・
私にとっては、喜びだった。
胃の検査を受けた時に、月のものが遅れてるので、尿検査をしてもらった。
まだ、はっきりとした判定は出ていないが、どうやら、妊娠してるらしいという。
近いうちに産婦人科に行くようにといわれ、戸惑いと喜びと、複雑な心境で帰宅した。

迷った。
圭亮に報告すべきなのか・・・
一時期は、「二人の子どもが欲しい」といわれたとはいえ、もう、家族の元に帰ってしまった人。
いまさら、子どもの事を言っても迷惑に違いない。
はっきりしてからでも遅くない。
そう思い、ただ胸一つにおさめることにした。

私は、圭亮が私の元を離れようとも、旦那に問い詰められようとも、この命を守ろうと、決めていた。

そんな中、日頃から、苦に思っていた圭亮の奥さんからのひっきりなしにくる電話やメールで、ますます、精神的に参っていた。
薬も飲めない、点滴もできない状況から、胃の痛みも増し、体調は最悪だった。

圭亮からの連絡も、全くなかったその頃、とうとう、審判は下った。
下腹部に激痛が走り、トイレに駆け込むと、ナプキンの上に、指先大の塊があった。
それが、命であることは、すぐに分かった。
“運命”の命は、私の人生を狂わすことなく、自ら散ってしまった。

さすがに、精神的にきつかったので、唯一はなせる相手である、彼に連絡をとった。

事の次第を話しても、私の体の心配をしてくれるでもない圭亮は、冷たい反応だった。
「うん」という返事だけが、未だに耳に残っている。
それが、圭亮の出した答えだった。
はっきりしていた。
それでも、まだ、その時は、そんな簡単なことも、分からなかった。
私はまだ、迷いの中にいた。

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