夢みる蝶は遊飛する

「本当に参るよ。きみがこれほど聡明とは」


叔父は苦笑し、湯のみから女将が淹れた緑茶を飲む。

私の前に置いてあるそれはすでに冷めてしまっていて、手持ちぶさたに俯いて湯のみの柄をなぞっていた私の指の熱を奪っていく。

けれどそんな冷たくなった茶を飲む仕草は、武骨な父とは似ても似つかない、優雅な所作だった。


「それだけが理由ではありませんが、申し訳ありません。養子のお話は、お断りさせて頂きます」


崩していた足を、そのときだけ正座に戻した。

少しでも誠実な気持ちが伝わるように、きちんと背筋を伸ばして頭を下げた。


「まあ、受け入れてもらえるとは最初から思っていなかったけどね」


苦笑から一変、なんとなく眩しそうな優しげな微笑みで、叔父は私を見た。


「夏希さん、だったかな。母さんが彼女の前でわたしに向かってきみの話を始めたんだ。そうしたら彼女が激怒して“あの子は長谷川家の人形じゃない”って。それから二人が大喧嘩。
しかも母さんが彼女に、あなたは妊娠してないのって訊いたものだからまた大変で。抗がん剤を投与されて、生殖能力なんかとうに無くなっているというのに」


だから私が部屋に戻ったとき、あんなに険悪な雰囲気だったのだと分かった。

もし父と夏希さんの間に子どもがいたら、私は父に裏切られたという気持ちに支配されてしまっていただろうし、それこそ私の存在価値が枯渇してしまった証になっていただろう。



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