夢みる蝶は遊飛する
「じゃあ退場だから、その勝負、私は不参加ね」
そう言うと、またも彼は露骨に嫌そうな顔をした。
詐欺だの屁理屈だのと文句を言う彼の横では、ディスクォリファイングファウルのことを知らない柏木さんに、須賀くんがその説明をしていた。
沙世は私の隣で、右手小指の爪を磨いている。
それが最後なのだろう、もう他の爪は光沢を放っている。
適当に切っただけの自分の爪に視線を落とし、恥ずかしくなってさりげなく隠した。
「ふっふっふ・・・」
桜井くんが、ついに怪しげな笑いを漏らしはじめた。
その声に、まだなにかあるのかと一瞬身構えた。
「ふっふっふっふっふっふ・・・」
明らかに様子のおかしい彼から距離を置こうと、後ずさりしたところで、がっしりと肩を掴まれた。
その時の桜井くんは、獲物を仕留めた野獣のような瞳をしていた。
「俺は、俺は、棄権なんかさせないぃっっ!」
目が血走っていて、とても正気だとは思えない。
何がそこまで彼を突き動かすのかがわからない。