PsychoCabala〜第7の男〜

杉原佳代

東京都内にある
小さな入り口が目印の
古いジャズバーに彼女は入って行った。



その店には看板は出ておらず、
店内には綺麗に並べられたお酒のビンと
ダウンライトに照らされた幅の広いカウンターがあるだけだった。



彼女は『ジンリッキー』を頼むと
仕事返りなのか、
臼くらいカウンターの上に
大量の資料を乗せ始めた。



「あっ。マスターごめんなさい。

他にお客さん来たら、
すぐしまいますから。」



彼女はそう言うとマスターに頭を下げた。



マスターは拭いていた
カクテルグラスを置き。



「いいですよ。別に。」



と、優しく微笑んだ。



やがてマスターが
レコードを取り出し
アナログのプレーヤーに乗せた。



パチ・パチッ・と言う音と共に
店内には
エロールガーナーの
『ミスティ』が流れだした。



佳代はマスターに微笑みかけ



「ありがと。」



と呟いた。



彼女は高校卒業後、
大手の雑誌出版社に就職した。



大学受験に失敗した彼女は
父親が職場の事故で
亡くなってから
女手一つで育ててくれた母親に
早く楽になって欲しいと願い
浪人せずに就職を選んだのだった。



彼女は、まだ未成年であったが
仕事に行き詰まると
職場の近くにある
このバーに良く立ち寄っていた。



「佳代ちゃん・・。
お代わりはいいのかい?」



マスターの声に佳代は我に戻った。



「あっ。御免なさい。」



時計を見ると店に入ってからもう30分もたっていた。



佳代は物事に没頭すると、それにのめり込んでしまい
周りの声が聴こえなくなってしまう。



しかし、
この集中力が佳代を仕事で活かしていた。



没頭するとやがて
自分でも信じられないアイデアが次々と頭の中に沸いてくる。



それを過ぎると、
必ず酷い激痛が頭を支配する。



何時からだろう。



多分、
高校卒業前に記憶を失なった事件からだ。
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