硝子の靴 ~夜帝の紅い薔薇~少女A~
彼は、自分の腕時計を見た。

そして、私を見た。

「寒くない?」

私は、頷く。

「春とはいえ、まだ寒い時があるからね。気温の変化がね」

彼は、そう言いながら、私の上着を手に取った。

「服を着たら、行こうか。ハンバーガー、だったね」

彼は、微笑んで、私に上着を手渡す。

私は、語りかける彼を見ながら、そっと上着を受け取った。

「着たら、出てきて」

彼は、そう言うと、従業員達を部屋から出して、自分も部屋を出た。

部屋のドアが閉まる。

私は、前を見据えて、一人、静かに佇む。


彼が私に着せた上着から、煙草の臭いがした。
父親が煙草を吸うので、なんとなく、わかった。

私は、自分の上着を椅子に置いた。
そして、右手で着ている上着の左襟前を掴み、徐に、上着を脱いだ。
そして、壁際にかかっているハンガーに気付き、その壁際に歩み寄る。
ハンガーを手に取り、上着に通して壁にかけた。

ゆっくりと、椅子に戻る。

私は、ワンピースのボタンを留めて、椅子に置いた自分の上着を着ると、ドアへとゆっくりと歩み、そっとドアを開けて部屋を出た。

部屋を出ると、彼は、窓辺に寄りかかり、外を見ていた。
さっきと同じ、スーツの上着を着ずに楽な格好で。

出てきた私に気付き、私の方を見る。

「行こうか」

彼は、優しく微笑むと、エレベーターに向かった。
私は、彼についていく。

すぐにエレベーターの扉は開き、私達は乗り込む。

彼は、ボタンを押す。

静かに、扉は閉まった。

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