Sin
「通り魔に刺されて一時は危ないところでした」

刺された、と聞いて母親の表情が強張った。

「都心で起きている事件の模倣犯だったようです。幸い、命は助かりましたが障害が遺りました」

「障害……」

「それでも、シンは一生懸命生きています。実は、今日退院して来るんですよ」

そう言ってジャックは紙袋に目をやった。シンが好きなアップルパイ。

「このパイ、あなたが焼かれたんですか」

「あ……ええ、そうです」

「よかった。シンにとって一番のお祝いになります」

ありがとう、と礼を言うジャックに母親は激しく首を振った。

「私は……シンにとって最悪な、最低な母親です」

「そうだったかも知れませんね」

過去形で肯定し、ジャックは続ける。

「それでもシンはあなたを憎んでいません。嫌いになれないから好きでいる事にしたと言っていましたから。事件に遭う前はよくあなたの話を聞かせてくれました――好きな花の事や、作ってくれたお菓子の事を」

母親は両手で顔を覆い、嗚咽した。深い後悔とシンへの謝罪を口にし続ける。

「もう、良いんですよ。シンは前を向いて生きています。だからあなたも過去ではなく未来(まえ)を向いてください」

宥めるように肩を叩くジャックの手は優しかった。

「これからもずっと幸せでいてくださいね。シンのためにも、あなたのためにも」

また買いに来ていいですかと尋ねるジャックに、母親は涙目で微笑み深く頷いた。


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