世界の説明書

希望


黄色の点字ブロックの上を足を滑車にして明子が一人で歩いていた時、世界はまた憂鬱な寒気を明子に感じさせた。春風は三月の３という数字の優しさよりずっと冷たく切なかった。　
　明るい未来を想像するという事は、時としてそれは、怖い事でもある。もし、その理想通りに成らなかったら、実はもっと酷い未来が待っていたら、と人は物事を辛いほう、暗いほうに考える生き物である。それは、絶望を予め予想しておく事で、運命の裏切りに対して心の準備をしておきたいからだ。たまに、自分の成功を疑わない者もいるが、そういう人達に限って、失敗した時の逃げ道を幾らでも持っていたりする。明子も前者同様に毎日、毎晩、名子の将来を想像しては、いつとも分かぬ名子の目が見える様になる日を期待しながら、喜んでは、そうならなかった場合を想像して、悲しんでいた。それは習慣となり、習慣が惰性を生み、悲しみが、心配がふやけていた。毎年の事の鼻づまりで、明子の足元は留守だった。注意力は欠如して、なんだか、いつも上の空だった。
　紫色の桜の花びらが一枚、明子の左肩にに落ちてきた。それを明子が手でつまんで見ていた。花びらの裏で、ぼんやりとずれたピントの視界で、黒いパーカーが蠢いていた。　
　最近の子は成長が早い。名子も十一歳にして身長百五十ＣＭを超え、大人びた見た目に高校生といっても通じるくらいだった。色の濃い真黒い腰まである長い髪に毎日くしを入れているのも明子だった。年を重ねるにつれ普通の子供達より何倍も成長しているような錯覚を覚えるほど、名子は確実に強くしっかりしていった。正人もまじめな勤務姿勢が買われていいポジションを会社で与えられていた。輝かしいい日々がようやく訪れた。名子の暗闇も宇宙に変わっていた。世界は嘘吐き政治家の汚職を暴き、国民はもうこいつらには任せておけないと選挙のあり方から変えようと動き出した。

紫の桜の裏で脂っこい毛穴がこっちを見ていた。