いばら姫





アズは
限界を越えて走っていたらしく

冷や汗をかいて
感覚の狭い、荒い息を繰り返し
黒くスキニーな足が、軽く震えている


しゃがんで抱き抱えた肩が
アズの首からの汗で濡れて行った


―――だけど体は
警戒しているみたいに堅い

……俺が俺だという事は
解っているんだと思う

さしずめ
近所で見知った人間に対する
野良猫の距離感

傍に寄らせはするけど

――― 信用はしていない



何処かからの赤い光で
アズの瞳も赤く点滅する

ぬるいビル風が
常に緩く吹き抜けていて
抱き抱えた時に
キャップはアズの頭から脱げてしまい

長く波を帯びた白い髪が二人の間を
銀糸の様に、巻き上がる



「………何処に行こうと、してる…? 」



そう聞いた俺に

アズは
狭間のあかりを見つめたまま答えた



「………"エクレシア" 」


まるでそこに自分が行くのは
当然の事の様な、少し明るい響き


「 …行くな 」



俺は細い両肩を掴んだ

―― アズはゆっくりと俺の顔を見て
"なんでそんな事をいうんだろう"

そんな表情で小首を傾げる



「……昔の事だろ?!
おまえは今ここに居て、俺の傍にいる

これは無視か?!

―― あの三人しか
おまえの中では存在しないのか?!」



「……… 淳、は…」


「 アズ 」


アズに自分の名前を呼ばれて
やっと二人の間に繋がった感覚が生まれる


だけど



「…淳 は
私が 全部捨ててと言ったら
……お父さん、も、お母さんも ……

綺麗な空気や

色々なお気に入りの服、も
全部捨てて…

私のところに、来られる…?

排気ガスの、この街に… 」



――― そう言い
俺を見つめるアズの瞳は

少し、笑っていた








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