大人になれないファーストラバー


返事がなくて当たり前なのに、咲之助の声が聞きたくて。

そっとその寝顔を覗き込んで、口元に耳を近づけた。




聞こえてくるのは、もちろん静かな呼吸の音だけ。





「サク」



寂しくて寂しくて。
その何も語らない唇に自分のを重ねてみた。




一度離して、もう一度重ねる。


ふと、昔も咲之助が寝ている時にこんなことをした記憶がよみがえる。


小さい頃にふざけてやったあの行為に、まさかこんなに複雑な気持ちを込める日が来るとは、思ってなかった。






「サク、サク…」





悲しみはたたえず、感情を押し殺したような顔を作っていたのに。
心は正直で、いくら誤魔化しても涙が溢れた。





「…好き、」





大人のキスなんて知らないから、短いキスを何回も何回も繰り返した。





気が付くと。あたしの涙がこぼれ落ちたのか、咲之助の目尻からこめかみにかけて何かが流れていた。





「大好きだからサクから離れる。 サクの重荷になりたくない」




唇を離して顔を上げ、たくさん流れた涙を強引に拭って言った。





「ばいばい」




寝顔の咲之助に手を振って別れを告げ、あたしは部屋を後にした。



こんな夜にここを出てこれからどうするのか、自分でも分からないけど。




たぶん行きたかったのは、咲之助のいないどこか遠く。






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