この心臓が錆びるまで


「何泣きそうな顔してんの!」
「だって、先輩がっ…」
「俺のせいかよっ」


 涙腺決壊寸前。そんな私の頭を先輩はずっと撫でてくれている。その優しさが私の涙腺をつついているのに、先輩はそれに気付かない。

 出海 翠はやっぱり王子様、いや、たんなる罪な男だ。そう思った。


「そういえば、名前は?」


 ふいに先輩の手が止まり、降ってきたのはそんな言葉。私は思わず首を傾げた。


「言ってなかったっけ?」
「聞いてない」


 膨れっ面で即答の先輩。

 自分は先輩の名前を知っていたので、先輩が私の名前を知らないことなんて気にもしていなかった。

 私は軽く笑って先輩を見上げた。


「越智 薺(オチ ナズナ)です」
「なずな?」
「うん。そのまま“薺”と書いて薺」


 変わってるって良く言われるけれど、私は案外気に入っている。確認するかのように何度か私の名前を呟いた先輩に、ふと見つめられた。


「薺」
「な、なんですか?」


 先輩の透き通るような綺麗な声で名前を呼ばれて、ちょっと上擦ってしまった。心拍数が上がる。少し間をおいた先輩は、ふわり、と嬉しそうに笑った。


「うん、よく似合ってる」


 なんだか幸せそうな先輩に、自分の顔が熱くなるのがわかった。

 だめだ、自分の名前、もっと好きになってしまう。


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