きみとベッドで【完結】
店内にはもう空席がない。
これだけ客でフロアが埋まっているというのに、
あたしが意識する客は、1人しかいない。
あたしの目には、1人しか映らない。
1人の視線しか、感じない。
先生が、聴いている。
音が、ひどく遠くに聞こえた。
自分の奏でる音さえも。
らしくもなく、緊張しているんだと気付く。
そんなあたしの浮ついた音を叱るように、
幹生がひと際強くクラッシュを鳴らした。
演奏は止めずに振り返ったら、
ひょろりと背の高い男は、笑顔をはりつけたままあたしを見ていた。
本当に、勝てる気がしない。
あたしはもう何も考えず、何も見ず、ただサックスを吹いた。
目をつむっても、先生の視線だけは感じていた。