君が好き
恋心
 美雨が目を覚ましたのは倒れてから二日後だった。看護婦は日射病と疲労と碧に話した。
(日射病?)
 碧は疑い眼で看護婦を見た。しかし、美雨本人にも看護婦にも本当の理由を聞くことができなかった。
碧はベンチで美雨が早く元気になるのを待ち続けた。
 相反して碧の容態はだいぶ良くなり、今後の身の振りを考えなければならない時期になっていた。
(働こう。それで、アパートでも借りて、暮らしていこう)
碧は深く息をすると、青々とした空を見上げた。
 数日が経って、昼食後に美雨がベンチに顔を出した。碧は美雨に肩を貸すと、二人は一緒に座った。
「もう、いいの?」
「うん。 ……ごめんね、心配かけて」
美雨は穏やかに笑った。あまりにやつれた横顔は碧の心を切なくした。
(どこか悪いの?)
碧は何度も聞きたかった質問を胸のうちで反芻した。しかし、決して言葉として出ることは無かった。
碧の様子を察した美雨はゆっくりと空を仰いだ。
「私、もう長く生きられないの」
美雨は軽い口調で言ってのけた。
 碧は目を丸くした。冗談で言っている様子ではないが、現実味が感じられなかった。
 美雨は穏やかな表情を浮かべていた。
「テロメア説って知っている?」
「いや……」
「人間ってね。細胞が分裂する回数が決まっているんだって。私は遺伝性の病気で人より異常なほど回数が少ないの。だから、大人に近づくほど死が近づいてくる」
美雨の瞳の奥は深い哀しみが満ちていた。
「……お母さんも同じ病気でね。年齢のこともあって、もう子供を作れない、産んだら死ぬってわかっているのに私を産んだの。お父さんはお母さんの死で心を壊して、私を置いて……」
声を震わせ、美雨は静かにうつむいた。
 真夏日が続き、蝉の声が哀しげに響いていた。
< 19 / 40 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop