君が好き
 心電図の音の間隔が短くなっていたことに、碧は気がつかなかった。
「んっ」
美雨が声を上げると、途端に力が抜けた。
「美雨?」
碧が声を掛けた瞬間、赤ん坊の泣き声が響き渡った。
 碧は産婆の手の中にいる赤ん坊を見ると、涙を溢れさせた。
「美雨、生まれたよ」
碧は満面の笑みで美雨に目を移した。
 さっきまで荒々しかった美雨の呼吸が止まった。
すべての音が止み、時が止まったように感じた。
 心拍数が停止した音が響いていた。
「美雨?」
美雨の額から冷たい汗が零れ落ちた。
「美雨!」
碧の叫びと同時に、医師が蘇生治療を始めた。
 碧は部屋の隅から美雨の姿を眺めていた。美雨は穏やかに微笑んでいた。
(神様、あなたはまた大切なものを奪っていくの?)
碧はその場に座り込むと、呆然とライトを見つめた。
『神様なんていないんだ』
以前口にした美雨の言葉が脳裏をめぐった。
 華蓮の元気な鳴き声が、その場に響いていた。
 碧は不意に管や美雨が話した父親の話を思い出した。
(僕は大切に育てるよ)
碧は美雨を見る時のような優しい目で華蓮を見つめていた。

 華蓮が生まれて三度目の秋が来た。
 美雨の病気は遺伝せず、華蓮は元気に育っていた。
「華蓮、川原を散歩しようか」
「うん」
華蓮は無邪気に笑った。碧は華蓮の頭をそっと撫でた。
 夢に見た風景と出会うため、碧たちは川原に向かった。
「トーボだよ」
華蓮は赤トンボを追いかけた。
「華蓮、転ぶなよ」
碧は声を上げた。そして、ゆっくりと車椅子を押した。
「平気?」
「うん」
髪を耳にかけると、美雨はゆっくりと顔をあげた。
砂利道の振動を気にする碧に対して、美雨は満面笑みで応えた。
「ねぇ」
今にも消えそうな美雨の声に碧は車椅子を止めた。
「なに?」
「歌を聴かせて。三年前に約束した歌を……」
美雨は碧の顔を覗き込んだ。
 碧は困った顔で頭を掻いた。
「やっぱり、恥ずかしいよ」
「だめ」
いつものようにフフフと笑う美雨の顔を見て、碧もはにかみ、笑った。
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