AEVE ENDING





―――あの、橘倫子のビジョン。

未だ、夢に見て魘される。
繊細なアナセスは特に、あの影響が強いらしい。

あれ以来、アナセスは雲雀よりも倫子を気に掛けるようになっていた。


橘倫子。

詳細はなにひとつ明らかになっていないというのに、あのビジョンだけは強烈に鮮烈に目に焼き付いている。

なにひとつ、明らかになっていない、のに。




(だれか、たすけて…)


世界でなにより助けを求めているのは。


(ころして)






「倫子さんはきっと、救いを求めていたわけではないのですね…」

それは誰よりも、雲雀がわかっていることだ。

そう彼女は、雲雀にすら救いを求めてはいない。


「だからこそ、修羅は、いいえ、…雲雀さまは」

震える声はなにより、浅い息を吐いている。

アナセスは確かに、修羅に惹かれていた。

それは個々の感情ではなく、強い力を手にした者同士の強力なシンクロ、と云えばいいか。

そう、神を仰ぐ天使の姿そのままに、アナセスは、修羅を。

「救いたいと、願っているのかしら…」

そう誰も、神の望みなど知らない。


「アナセス…?」

泣くように洩らされたそれは、ロビンには理解しがたい感情だった。

なにより何故、いきなりアナセスはそんなことを言い出したのか。



「…私は、奪いたくありませんわ」

その言葉の意味は。


「あのふたりから、奪うことは…」

白い喉がふるりと震えた。
小さな拳に力が籠められてすぐ、アナセスは俯けていた顔を上げる。

その表情を見て、アナセスを見守っていたロビンがゆるりと息を吐いた。

これはもう、問い詰めても語る顔ではない。


(救世主アナセスの顔だ)

こうなってはもう、美しい彼女からは弱音も不満も吐き出されない。

なにより、それができる立場ではないからこそ、外交官夫婦の会見にも応じているのだ。


「…やめましょう。わたくし個人に決定権はありませんもの」

美しく無垢な者が、いつだって傀儡と化す。


「彼らにせめて、選択の余地があれば良いのですが…」








神よ、貴方の愛しい落とし子に、これ以上悲哀の涙を流させるな。







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