AEVE ENDING





「…愉しい限りだろう。こんな吹けば飛ぶような脅威もなにもない舟に閉じ込められて、お前ほどの能力者が満足する筈もないからな」

倫子を抱えたまま、鍾鬼が一歩、後ろへと下がる。
退路は既に確保してあるのだ。
これ以上はなにをしようと蛇足だろう。

それを見咎めた雲雀が、不愉快そうに唇を閉じた。


「そのまま帰れると思うの?」

解いた腕をゆっくりと宙に上げる。
薄いシャツに透ける白磁の肌が淡く揺れて、小さく大気を薙払った。



「、…!」

───音もなく双子の体がよろめく。

それを肉眼で確認してすぐ、風に揺れていた鍾鬼の髪がばさりと断ち切られた。
黒い一束がぱらぱらと床に散ると、ここで初めて鍾鬼の眉が寄る。
それに気付いた当事者が、にやりと愉快げに口角を上げた。

―――その顔の、似ていること。



「ごめんね。手が滑った」
「…ふん。随分と手癖が悪い」
「君には言われたくない」



───バチ、ン。

空気が弾ける。




「…っ、」

体勢を正した双子が雲雀を囲むように立つが、解放された雲雀の能力の圧力に酸素すらまともに吸えないでいる。

意識を落としている倫子の体がそれに触発されるように跳ねた。
刺激された傷口から、再び血が滴り落ち始める。


「───良いのか?お前が抑制を解けば、それだけでこの女はひとたまりもない」

滴る髪と血を一瞥し、鍾鬼はそう口にする。
こんな戯言、本気になった修羅を止める効果はないだろうが。

そんな鍾鬼に向けて、雲雀は呆れたように呟いた。


「…ひとつ、訂正。君達は橘を弱者に仕立て上げたいようだけど、───生憎、彼女はそんな殊勝な生き物じゃないよ」

真っ直ぐなそれは清純の眼差し。

虚言ではなく、真実。



「それに」

───橘が息を止める前に、君達を殺してあげる。



「…!」

その囁きは轟音と共に掻き消され、土煙が舞う最中、雲雀の痩身も消えていた。

パチパチと鼓膜を刺激するこれは、空気が蔓延する力の圧力に耐えられず発生する摩擦音だ。

じりじりと足元を痺れさせる重力は、神と呼ぶ者に相応しい。





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