AEVE ENDING






「―――…っ、!」

急激に近づいてきた光源に眼球を焼かれた。

「、…」

強引に眠りの縁から釣り上げられた意識は未だはっきりせず、ただ視覚が感知するそれしか認知できない。



「…おかえり」

何気なく語るその薄く優しいそれに、息が、止まるかと。


『おかえり』

ひばり、と。

口にしようとして、嗚咽が先に漏れた。

どうしようもなく胸が痛い。
血液という血液を搾り取られるような痛みに、目頭が素早く反応する。

雲雀の顔と天井が視界を埋めている。
力の入らない倫子を横抱きにする形で、雲雀は倫子を覗き込んでいた。


唇が震える。

視界が揺らいで、もどかしくて。
名前を呼べない喉が、もどかしくて。
痛み震えて動かない腕を伸ばせないことが、もどかしくて。

ただいま、が言えない自分が、もどかしくて。



「…っ、」

首だけ動かしてその首筋に唇を押し当てた。

丁度、血管が走る位置。

唇を伝って、雲雀の生きる音がする。


(あったかい…)

トクリトクリと脈打つそれは、目覚めたばかりの倫子を安堵させ、そして泣かせた。

無理に持ち上げた首を支えるように回された腕が、手が、熱くて。

(…雲雀だ)

―――必死に、ただいまを伝えたくて。




「…我慢しないで泣いたら」

耳に吹き込まれた言葉に目を丸くしてしまった。
お陰で涙一粒、雲雀の肌に音を立てて零れ落ちる。



「…鳴き声を、聞かせて」

決して甘くなんかない言葉が甘味をもって囁かれて、その声色に、まだ薄かった膜がどんどん厚くなる。

小さく揺れた視界にはもう、雲雀の肌色しか見えない。


(…あったかい)

トクトク。

生々しく蠢く血脈は薄い唇を通し私の咥内に伝い舌を通って喉を潤し肺を満たして心臓に溶け込んでゆく。


(もう、死んでもいいや)

清潔な白いシャツの匂いも感触も、凹凸のない滑らかな皮膚も、呼吸に合わせて揺れる胸も、優しい。

陽の照らないこの渇れた世界で、私を潤すもの。






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