黄龍
2階から診察室へと向かいがてら病院の入口の鍵を開ける。

診察室へ入ると美味しくないコーヒーをセットし、ピッチャーの中へ溜まっていくのを自分の椅子に座ってただ、眺めていた。


コーヒーの沸く音だけが病院に響く。

−−あいつらがいないとこんなに静かなんだな。

鴉はふと思った。

少し前まではそれが日常だった。

ここは、鴉一人の戦場だった。



コーヒーが沸き落ちると鴉は立ち上がり、それをカップに注いでいく。
口をつけようとした瞬間、入口の古い朱色の扉が勢い良く開く音がした。


受付の始まる時間まであと10分ある。


鴉はカップを机に置いて、音の主が診察室に入ってくるのを待った。


やって来たのは青ざめた顔をした若者だった。

診察室の中、確かに目は鴉に向いているはずなのに焦点が合わない。
抜け殻のようだった。

生気の感じられない若者とは対照的に、彼の服は赤黒く濡れ輝いていた。
おびただしい量の血痕。

鴉はその血が若者のものではないことをすぐに見抜いた。


「……何があった」


取り乱さないよう、なるべく低い声で尋ねた。


その声に若者はようやく鴉を見つけたように口を開いた。
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