鬼憑き
鬼憑きによる被害件数や目撃頻度も、討伐隊による討伐件数も急上昇していった。秀樹の怪我も少しずつ酷いものになっていったが、鬼憑きであるという噂が施設内に広がるにつれて次第に遠巻きに扱われるようになっていた。


「次はお前が入院すんじゃねぇのか?」

頭と二の腕に包帯を巻いたまま歩く秀樹は少し足も引きずっているように見える。着替えないまま来たのか、上着は赤黒い汚れが目立っている。

「大きなお世話だ」

隣を歩く武人は、まだ治療中の服を着てはいるが明らかに秀樹より足取り軽く、顔色も随分とよくなっている。ゆっくりとした足取りで進んでいく二人以外には、日の陰り始めた中庭に人影はない。時折吹き込んでくる風は幾分か冷たくなってきている。

「最近休みないんだろ?体保つのかよ」

「腕一本くらいならなくてもどうにかなる」

「マジかよ・・ってか、んなこと言ってんじゃなくてだな、」

続けようとした武人の言葉は、音になる前に飲み込まれた。赤く照らされた秀樹の横顔は、夕日のせいだけではない憂いを帯びていた。

「大丈夫だ、滅多なことで死なない・・・・そういう、生き物だからな」

強くなった風でゆるんだ包帯を軽く押さえる秀樹。来たときには手の甲にあった擦り傷はもう見えなくなっていた。しかし、確かに人ではない証をその体に持ちながらも、武人には秀樹が誰よりも人らしく思えて仕方なかった。

「・・・ばぁか」

先に歩きだした武人は笑っているような泣いているような、ひどく複雑な顔をしていた。



繰り返しの検査の結果、あれだけ大量に血を浴びていたにも関わらず、武人の身体に何の後遺症も残すことなく毒素は抜けた。入院中にかなり体力や筋力は落ちたものの、さらに一カ月ほどの期間だけで現場復帰という中々な回復力を見せた武人を待っていたのは、これまで以上にきつくなっていた任務と、本部からの信じられない通達だった。




「処刑?!!んだよっそれっ!」

確実に室外まで響くような声で迫られながら、レティの顔が歪んだのは珍しく別の理由だった。

「・・・・言ったとおりだ。先ほど本部から、秀樹の処刑命令が来た」

声のトーンはいつもと変わらないが、告げるレティも苦しそうだった。ただ言われた本人だけが特別な反応を示さなかった。

「担当者は、武人か?」

「そうだ。・・少しは反発しろ馬鹿者」

「担当者って・・」

「秀樹の処刑担当として本部から通達がきているのは、No.2である武人だ。処刑理由は、簡単に言えばこれ以上強力になると手に負えなくなる、ということらしい」

信じられない表情を浮かべるカロン。武人も同じだった。

「妥当なところだろ」

あいも変わらず秀樹だけが落ち着き払っている。

「ふざけんなよ!?てめぇの都合だけで、手に負えなくなるから殺すとか、秀樹をなんだと思ってやがんだ!!」

壁伝いに振動がきて部屋が揺れた。武人の怒鳴り声が響きわたる。

「そんな勝手なことさせてたまるか!本部の連中ぶん殴ってでもっ」

低く鈍い音と入れ替わりで武人の声が止まった。崩れ落ちる体を秀樹に支えられて床に横たわった。



「・・レティ、こいつのこと頼まれてくれ」

「お前はどうする気だ」

「どうにかするさ。とりあえずは生き延びる方向でな」

翌日朝早くに、鬼憑き失踪の通達が本部に送られた。
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