恋時雨~恋、ときどき、涙~
そうか……いつかはこうなると分かってはいたけれど。


そうだよね。


あれからもう、一年が経ったのだから、変わって行くのが当たり前なのだ。


新しい人が、新しいお店を出してもおかしくはない。


でも、妙に寂しくて、わたしは少しずつ変化していく工事の様子を店先に突っ立てしばらく眺めていた。


店長。


今頃、何しているのかな。


北海道にお店を出して、忙しくしているのかもしれない。


店長と最後に連絡をとったのは、半年前の事だ。


わたしが東京へ戻って来た冬に、店長のおばあさんはこの世を去った。


その日、北海道はしんしんと雪が降る、真っ白な夜だったそうだ。


星も眠るようなとても静かな最期だった、と店長がメールをくれたその日から一度もない。


それっきりだ。


久しぶりにラインをしてみようかとスマホの画面を開いた時、後ろから肩を叩かれた。


誰?


振り向くと、全く知らない女性が立っていた。


「あのう」


わたしは、綺麗な薄紅色の唇を見つめた。


「なにか、御用でも」


と彼女は不思議そうにわたしを見つめながら、改装されていく店舗を指さす。


ああ、このお店の人か。


「あのう……」


彼女はわたしと同じくらいの背丈で、色白で真っ黒な髪の毛を可愛らしいバレッタでひとつに束ねていた。


切れ長で黒目がちな彼女が、何も反応しないわたしを見つめては首を傾げる。


いいえ、と言う代わりに首を振り、軽く会釈をして、わたしは立ち去ろうとした。


でも、


「あのう……ねえねえ」


彼女が話しかけてくる。


……どうしよう。


早口で読み取れず困っていると、突然ハッとした顔をした彼女が、


「聞こえないの? 耳」


とわたしの手首を掴んだ。


「耳、き、こ、え、な、い?」


その無邪気な子供が飛び付いてくるような勢いにびっくりして、わたしは半分フリーズしながら、こく、と頷いた。


「うわあー!」


すると、彼女は一気に花開いたような笑顔になり、


「あんた、ま、お、さんでないの?」


と、今度は本当に、わたしの肩にカエルが跳ねるように飛び付いて来た。


何、この人。


さらさらの黒髪からは、ほんのりと甘い桃のような香りがした。


わたしは驚きのあまり、反応する事ができなかった。


今、会ったばかりの人がわたしの名前を知っているのか、不思議でたまらなかった。


「真央さんでないの?」
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