恋時雨~恋、ときどき、涙~
そうですけど……。


かく、かく、とロボットみたいに頷いてみせると、


「ああっ! ああ、もう! ちょっと貸してね!」


と彼女はわたしからスマホを奪い、何かを打ち始めた。


何だ……この人。


あっけにとられていると、


「あのね、わたしは」


勢いよく顔を上げた彼女がわたしにスマホを返して来た。


――――――――――――――
たけはなまちこ

――――――――――――――


た、け、は、な……。


ハッとした。


わたしは携帯電話のディスプレイから顔を上げて、彼女も顔を食い入るように見つめた。


ま、ち、こ、さん。


武塙真千子。


真千子さんは初雪のような透明感のある肌で、そして、ダイヤモンドのようにキラキラの目で、にっこり微笑んだ。


「あの人から、聞いてます。真央さんのこと。一度、会ってみたかったんだあ」


真千子さんの左手の薬指には、きれいな指輪が輝いていた。


「ほら、私が惚れた男が惚れた女って、どんな子だべと思ってたんだあ」


真千子さんの唇を読みながら、小さな違和感を覚える。


この人も、北海道の人なのではないか。


店長のおばあさんも、こんな口の動かし方だった。


「ああ、んだけど、納得だあ。めんこい人だもの」


その屈託のない笑顔が、わたしの緊張をするりと解く。


「私、田舎出るなんて初めてだから。東京の事よく分かんないんだ。よろしくね」


差し出された白い手を、わたしはすんなりと握り返していた。


彼女は、店長の奥さんだったのだ。


ふたりは高校の同級生だったそうだ。


店長が帰郷した年の冬、おばあさんが亡くなる前に同窓会が開かれ、出席した時に再会。


お互いの事を相談し合ううちに惹かれあい、そして、おばあさんが亡くなった時に支えてくれたのが、真千子さんだった。


店長は身内に不幸があったのだからと悩んだけれど、彼女の大切さを再確認したらしい。


親戚からのもう少し待てばとの反対を押し切って、その春に籍を入れたのだそうだ。

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