恋時雨~恋、ときどき、涙~
ここへ来る事を朝から分かっていたら、スカートなんて着て来なかったのに。


風が少しひんやりしている。


白いパンプスを脱いで、湿った砂の上を歩く。


わたしの前を歩く健ちゃんの大きな足跡を、打ち付ける波が消して行く。


わたしはぼんやりと海を眺めながら、健ちゃんの後ろを歩いた。


薄い、紅色。


薄く伸びた半透明色の雲に、空の青と夕陽の朱がとろけて、青紫色が染み込んでいた。


まるで、繊細な絵画の世界を歩いているようだった。


春よりも、少し固いやわらかさ。


夏よりも、若干、大人びている。


冬よりも、遥かに穏やかだ。


たぶん、秋の海は、4つ巡る季節の中で1番優しくて、1番静かなんじゃないかって思う。


強引な健ちゃんに連れられて、わたしは美岬海岸に来ていた。


「真央」


突然、健ちゃんが立ち止まって振り向いた。


「夕陽が沈む前に来れて良かった」


そうか。


それで、急いでいたのか。


「真央と、もう一度、一緒に見たかったんけ」


もうじき、あの水平線の縁に陽が沈んで、夜が訪れる。


もう、無理だと思っていた。




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