恋時雨~恋、ときどき、涙~
〈さっき、来たばかり〉


わたしが笑うと、健ちゃんもやわらかく微笑んで、わたしの頬と手に順番に触れた。


わたしの心臓に住んでいるはずのうさぎが、飛び跳ねることはなかった。


「冷てー。待ってろ。今、ストーブ付けるんけな」


そう手話をして、健ちゃんはファンヒーターにスイッチを入れた。


健ちゃんの背中を見ていると、なぜだか、無性に泣きたくなった。


ここは健ちゃんのアパートで、健ちゃんが帰ってくるのは当たり前のことなのに。


わたしは、健ちゃんがちゃんと帰ってきてくれた事が嬉しくて、たまらなかった。


健ちゃんがキッチンへ向かった。


わたしもついて行く。


ダイニングテーブルの上に置いたままのビニール袋を除き込んで、健ちゃんは笑顔になった。


健ちゃんが、袋から人参を取り出した。


「この材料、おれ、分かったかも」


〈当ててみて〉


健ちゃんの唇が楽しそうに笑って、言った。


「ハヤシライス」


わたしは両手で大きな輪を作り、頷いた。


〈今日、健ちゃんの誕生日だから。お祝いしに来た〉


わたしが〈おめでとう〉と手話すると、健ちゃんは埴輪のように間抜けな顔で固まってしまった。



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