恋時雨~恋、ときどき、涙~
振り向いて、一瞬、固まってしまった。


大きな大きな男の子がぬりかべのように立っていたのだ。


「買い物?」


と、彼はわたしが読み取れるように、大きな口で言った。


「びっくりさせちゃったかな。ごめん」


わたしと中島くんは、同時に笑った。


「おれも買い物。母さんに頼まれて」


中島くんは買い物かごに食パンと牛乳を入れていた。


わたしの空っぽの買い物かごを見て、中島くんがにっこり微笑む。


「真央、彼氏と一緒に暮らし始めたんだっけ?」


不思議なものだ。


きっかけは少し切ないものだったけれど、あの日から、中島くんはわたしに少し笑ってくれるようになった。


調理実習の時も、休み時間も、たまにこうして話し掛けてくれるようになった。


それから、武内さん、から、真央、と呼んでくれるようになった。


手話とまではやはりいかないけれど、中島くんは大きな口でゆっくり、わたしが読みやすいように話してくれる。


わたしの買い物かごが空っぽなことに気付いて、中島くんは楽しそうに笑う。


「今日の夕飯の買い出し?」


そうなの、と表情に出してわたしはこくこく頷いた。



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