恋時雨~恋、ときどき、涙~
健ちゃんが強張っていた表情を緩めて、少しほっとしたように微笑んだ。


「何があっても、だんけな」


うん、とわたしが頷くと、健ちゃんはいつものあっけらかんとした顔で、右手の小指をわたしにつき出してきた。


「約束、だんけな」


頷いて、わたしは小指を健ちゃんの小指に絡ませた。


すると、健ちゃんはまるで抱き寄せるように、わたしの小指に自分の小指を絡めた。


わたしと健ちゃんは、小指を結んだ。


しっかり、ほどけないように、結んだ。


信じることを、結んだ。


「よし。じゃあ、今日は特別だんけ」


と健ちゃんがにやりと笑った。


無邪気な笑顔から、白い歯がこぼれている。


〈特別?〉


「だんけ。今日は同じ布団で、一緒に寝るんけ」


その日、同棲を初めてから、初めて、わたしたちは同じ布団にくるまって眠った。


しっかりと小指を結びながら。


明日の朝はほかほかのご飯と、お豆腐とワカメのお味噌汁。


ふんわり焼いただし巻きたまご、そして、新鮮なサラダも添えよう。


健ちゃんの体温を感じながら、幸せな朝食を夢みながら。


でも、わたしは何も知らずにいた。


幸せにひたりながら眠るわたしの横で、健ちゃんが眠れないまま朝を迎えたことも。


健ちゃんが一人悩んで、何かを胸に抱えていることも。



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