恋時雨~恋、ときどき、涙~
迷惑じゃないなら、一緒におって欲しい、そう手話をした幸の手を握ると、


「ありがとう」


と幸は右目からひと粒、きれいな雫をこぼした。


幸の唇が動く。


「今日だけや。今日だけにするから。ひとつ、わがまま言うてもええかな」


今日だけじゃなくてもいいのに。


明日も、明後日も、この先ずっと。


わがままを言ってくれていいのに。


他人にはわがままに見えたとしても、わたしはそれをわがままだとは思わないだろう。


わたしが頷くと、幸は安心しきった表情で唇を動かした。


「一緒に眠ってもらえんやろか。ひとりで眠るのは、怖いねん。お願いや」


おやすいごよう。


わたしは幸の手を握ったまま、ベッドに潜り込んだ。


嬉しかった。


ベッドの中は、幸のぬくもりでいっぱいだった。


幸が生きていることが、何よりも嬉しかった。


狭いシングルベッドで身を寄せ合い、向かい合い、しっかりと両手を繋いで、わたしと幸は眠りに就いた。


繋いだ両手から、幸が抱え込み過ぎた苦しさがとめどなく流れ込んできて、切なかった。


桜の季節が、もうそこまで来ていた。


それは、絹糸のような繊細な雨が降った、切ない春の夜のことだった。










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