恋時雨~恋、ときどき、涙~
〈春の雨。どんな音?〉


わたしが笑うと、健ちゃんは雨の手話をしたあと、指文字をした。


「ふ、わ、ふ、わ。さ、ら、さ、ら」


ふわふわ。


さらさら。


やわらかくて優しい音、と笑って、健ちゃんは車を発車させた。


春の雨音は、雪の感触みたいな音なんだ。


軒したからそっと手を伸ばし、落ちてくる雨を手のひらで受け止める。


本当だ。


さらさらで、でも、やわらかくて。


細くて、繊細で。


まるで、絹糸のような感触だった。


羽織ったジャケットから、健ちゃんの匂いがする。


大好きな匂い。


海の波打ち際みたいに爽やかで、海の水面に反射するお日様みたいな、ひなたの匂い。


アパートの部屋へ戻り、幸が横になっているベッドの横に座った。


わたしの出した物音に気付いたのか、幸が腫れた目を静かに開けた。


「真央……帰ったんやなかったの?」


わたしは微笑んで頷いた。


〈今日は幸と一緒にいたい。だめ?〉


ベッドの中で小さく首を横に振って、幸は弱く微笑んだ。


「ええよ。今日はひとりになりたない。そばにおって」


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