恋時雨~恋、ときどき、涙~
何が花よ。


この人はどうしてこんなに暢気でいられるのかしら。


男の人って、みんなこうなのかしら。


私は、真央の事で頭がいっぱいだっていうのに。


父親って、どこの家庭でもこんなに暢気なものなのかしら。


暢気で能天気で、妻がこんなに悩んでいるというのに、そんな時に花だなんて。


なんてデリカシーのない人なのかしら。


むっとするお母さんに、お父さんは言った。


『レインリリーという花だよ』


「お母さんね、言ってやったの。だからどうしたの、って。私はあなたみたいに暢気に花を育てる余裕も時間もないわ、って」


すると、お父さんは大きな口を開けて、


『何をそんなにカリカリしてるんだ。何をそんなに焦っているんだよ』


なんて、あっけらかんと笑ったらしい。


「この花はね、って」


とお母さんがとても穏やかな目で、風に揺れる白いレインリリーを見つめる。


『悲しい雨の後に一気に咲くんだよ。雨の後にいっせいに咲くから、レインリリーという名前が付いたらしい』


「それで、お父さんが言うの」


真央を、不幸だと思うかい?


僕は、父親として、そうは思えないよ。


「真央は必ず、レインリリーのような子になるよ、って」


『確かに、真央は耳に障害を持って生まれて来たから。必ず、人より苦労はすると思うよ。でも、その苦労を乗り越えた後、一気に幸せが訪れると思うんだ。真央に』


「って、お父さんが言ったのよ」


真央は、不幸なんかじゃないよ。


……お父さん。


急に、胸と目の奥が熱くなった。


わたしは目の前にある花を真っ直ぐ見る事ができなくて、とっさに視線を反らした。


〈真央?〉


お母さんが、わたしの顔を扇ぐ。
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