恋時雨~恋、ときどき、涙~
店長がわたしと幸を見て、きょとんとしている。


「何だ?」


と首を傾げる店長はちょっとだけ、間抜けだった。


「真央」


と幸がわたしの顔を扇ぐ。


「何で、うちらと連絡とれんような事したん? 何でなん?」


もう、今更この期に及んではぐらかしは、通用しない。


わたしは、素直な気持ちを幸に伝えた。


あのまま連絡をとり続けていたら、前に進む事ができそうになかったこと。


そうでもしなければ、乗り越えられそうになかったこと。


そして、他の方法が思いつかなかったということも。


「せやったんか」


幸は怒らなかった。


でも、さみしそうに笑った。


「まあ、な。真央の気持ち、まったく分からんわけちゃうけどな」


そう手話をした後、ほんの少しだけ肩をすくめて、幸が続けた。


「あの後な、大変やったんやで。みんながな、それぞれな、ほんまに大変やった」


わたしも肩をすくめた。


「真央も大変やったんかも分からんけどな。順也くんも、静奈も。うちかて、大変やったんやで」


こくり、と頷くわたしを見て、幸は優しい微笑みを浮かべた。


「うちな、今、この近くの老人福祉施設で栄養士の仕事しとんねん」


〈幸の先輩のお店で働いてるんじゃないの?〉


「ああ、働いとったで。上京してから一年くらいな。せやけど、やめたわ」


幸の先輩の勧めだったらしい。


せっかく栄養士の資格があるのだから、生かすべきだ、と。


うらやましいと思った。


資格を生かして仕事をする幸は、キラキラ輝いて見える。


「ところで、真央はどないなんよ」


と、幸が聞いてきた。


〈どう、って?〉


わたしが聞き返すと、「決まっとるやん」と幸は白い歯をこぼれさせ、オープンキッチンの中で作業する店長を指さした。
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