恋時雨~恋、ときどき、涙~
『だって、あいつ、何も望んでないんだから。健太はまだ、3年前を、たったひとりで生きている』


亘さんの唇が、切なそうに苦しそうに、そう言っていた。


『君と、健太。一体、どんな別れ方をしたの?』


わたしたちは、お互いに気のゆくまで、とことん納得が行くまで、話し合いの末に決別したわけではない。


わたしが聞く耳持たず、一方的に、勝手に終わらせたと言っても過言ではない。


『真央ちゃん。君も、果江と同じことをしたの? 健太を、捨てたの?』


……違う。


違う!


捨てたんじゃない。


終わらせるしかなかった。


ああするしか、なかった。


本当は、終わりになんてしたくなかった。


大好きだったから。


全速力で砂浜を駆け出して、その背中に触れたかった。


でも、きっと、気まずい雰囲気が、流れる。


そう思ったら、勇気がおしりを隠してしまった。


『君と健太、一体、どんな別れ方をしたんだよ』


まだ、好意を抱き続けているのはおそらくわたしだけで、彼はもう、わたしに好意など抱いていないだろう。


あの、冷え切った瞳を見た時、そう思った。


わたしの事など、忘れたいほど嫌いになっているのかもしれない。


わたしだけが、今でも、大好きなのかもしれない。


追いかけて、その背中に触れて、目が合ったとしても、以前のようには笑ってくれないだろう。


だって、彼は……。


『健太は、この世界に、何も望んじゃいないよ。真央ちゃん』


苦しくて、上手に呼吸が出来なくて、わたしは込み上げる感情を抑えようと、胸元を押えた。


夕日に向かって歩くその背中が、遠ざかって行く。


駆けて行けば触れられる距離に、背中はあるのに。


今、目の前を歩いているのに。


どうして、こんなにも遠くに感じるのだろう。


3年という歳月は完璧に、わたしたちに深い深い谷のような溝を作った。
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