腐ったこの世界で


俺の仕事部屋に着いてもジェラルドは帰ろうとしなかった。それどころか俺の机の側に椅子を引っ張ってきてそれに座る。
……なるほど。帰る気はさらさらないということか。

「なんだ? お前と違って俺は忙しいんだが」
「聞きたいことがある。正直に答えてくれ」

俺は処理すべき書類を見ながらジェラルドに先を促した。まったく。かしこまって聞いてきたくせに、くだらない内容だったら部屋から追い出してやる。

「お前、奴隷を買ったって本当?」

予想外の言葉に俺の手は完全に止まった。しまった、と思ったがもう遅い。ジェラルドは俺の態度を見て確信を持ったようだった。
俺は誤魔化すことを諦め、部屋の扉が閉まっていることを確認する。そんな俺を見てジェラルドは小さくため息をついた。

「事実か…」
「どこでそれを聞いた?」

聞いてもジェラルドは意地悪そうな顔でニヤリと笑うだけ。どうやら簡単に言うつもりはないらしい。俺は椅子に思いっきり腰を下ろした。
ジェラルドが知ってるということは耳が早い貴族たちには広まってると考えた方がいいか。面倒なことになった。もちろんいつかは知られると思っていたが。

「お前が奴隷買いねぇ…変な趣味にでも目覚めたか?」
「そんなんじゃない」

そういうのではない。本当に。アリアと出会うその瞬間まで奴隷を買うつもりなんてサラサラなかった。
ただあの瞳を見つけた瞬間、全ての音が俺の周りから消えて。ただ彼女が欲しいと思ったのだ。


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