腐ったこの世界で


いつもより早い時間に帰宅する。朝、アリアに早く帰ると言ったので今日は手早く仕事を片付けてきた。
帰ってすぐに服を着替える。グレイグにアリアの様子を聞けば、ダンスのレッスン中だと言われた。

「足の調子は良さそうなのか?」
「一生懸命に取り組まれてます」

難しい顔をしながらも一生懸命練習する姿を想像し、思わず頬が緩んだ。アリアは真面目だから何事にも一生懸命なんだろう。
俺は着替えを済ませるとアリアが練習しているはずのダンスフロアーに向かった。近づくにつれ、音楽と話し声が聞こえてくる。

「そう、そこで回って!」

張りのある男の声。扉を開ければ踊る男女と指示をする男の人が居た。踊っているのはアリアと屋敷で働く従僕のようだ。
俺は練習の邪魔にならないように部屋の隅に移動する。壁に背中を預けて練習の様子を見守った。

「そこで一度止まって、」

声に合わせて二人が回る。アリアは俺の予想よりずっと上手に踊れていた。アリアの上達は思ったより早いらしい。
俺はいずれアリアを社会に出すつもりで勉学やダンスを教えた。買われた、という負い目がなくなるように。奴隷だったと軽く見られないように。

「…とても奴隷だったようには見えないな」

夕陽の差し込むダンスフロアーで踊るアリアは奴隷だったようには見えなかった。淑女らしい気品が身の内から溢れるようだ。


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