短編集
隣人
『たくちゃんのばか!』

『仕方ないだろ!仕事なんだよ!』

『だからって女の人と──』

ガシャン!という騒音と同時に聞こえてきた声によく耳を傾けてみると、どうやら本日も痴話喧嘩が始まったようだ。

僕の住んでいるアパートは、立地している場所にしては安く、だからかどうかは定かではないが、非常に壁が薄い。

こんな風に、先週越してきた隣人の痴話喧嘩が聞こえる日も、今ではそう珍しいことではないのだ。

しかしこう毎日のように騒がしくされると、落ち着いて本も読めない。

だからといって、わざわざ「騒がしいので静かにしてください」なんて言いに行くのもめんどくさい。
そもそも、僕だったらそんなこと言いにくる隣人と仲良くしたいとは思わないし。

結局、本が読めるなら少しくらい煩くてもいいだろう、という結論に達する。

「──いつもより激しいか?」

いつもは彼女(らしき女)が部屋を出て行くのを彼氏(らしき男)が追いかけていく、というパターンのはずだったが、今回は部屋での口論が長引いていた。

本から視線をはずし、そっと耳をすます。

誤解のないように言いたいことは、別に壁に耳をくっつけるとかそういうことではなく、ただベッドにおっかかり、聞こえてくる騒音に耳を傾けるだけだということだ。

「…終わらないな」

彼女(らしき女)が出て行くことがなければ、この痴話喧嘩は終わらないということか。

本当に、迷惑極まりない。

いっそのこと全てを吐き出し、曝け出し、そしてその心の臓を止めてしまえば、ナニを考えることもないというのに。

僕には関係のないことだが、お節介をやきたくなるのは人間として至極当然のことだ。

むしろそれがあるからこそ人間は優越感や劣等感を感じ、興味をもち、無駄な関わりを求めているのだろうと思う。

くだらない。くだらない。

そんなことをする暇があるのなら英単語の1つや、数学の公式を求めたほうがよっぽど有意義な時間を過ごすことができる。
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