おろし

†憂鬱は始まりを告げる鐘†

『独り暮し』を、常に望んでいるマンションの最上階の住人は、
毎日の仕事からの帰宅に、ウンザリしていた。

『なにか楽しいことはないか』と辺りを見まわしみても、楽しい事は何処にも落ちてはいない。
何十年もの間、この地に住む者にとっては、新しい刺激も無く、何の変哲も無い街。
まあ、それでも、以前とは大分、変わってはきているのだが・・・

けれども、わたしは、こんな街が大好きである。

ダンボールに住む御伽婆(おとぎばぁ)の話、天井裏の釘女(くぎおんな)の話、白いシミーズの女、こういった化け物を、普通に見えてしまう自分を育ててくれた街だ。

高足痢煙に、この能力が目覚めたのは、極々最近の話である。
それからというもの、幾度となく、おそろしいことが、目の前に降り注いでいる・・・

---今夜は何の話しをしようか・・・わたしは、こころの中で呟く・・・
そうそう、今年の夏、わたしは琵琶湖の畔で、わたしが携帯していたごく普通の油とり紙に、とても奇妙な現象が起こったのだ・・・
スカートのポケットの中に入れてあった油とり紙がビショビショに濡れ、
長い長い髪の束が・・・絡み・・つ・く・・


それからというもの、毎晩のように、濡れた長髪の女が、わたしの枕元に立っている・・・
それは、あの『シミーズの女』とも違う顔をしていた。
それは、とても、とても美しい顔つきだった・・・
しかし、どこか哀しげに、わたしを見つめていた。

『髪がね・・・同じなの・・・』---そう、わたしの耳もとで囁く・・・

---朧月の夜。
わたしは、深夜に開院する『ゆうひ病院』に通院する。
いつもの薬を貰いに行くのだ。
あるマンションの下にある、この病院は、毎晩のように、薄黒い異様な煙を出していた・・・

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