白いかけら
事実
「寝室はその部屋を使って」
そう言って彼女は、台所から三つ並んでいる内の右の戸を指さした。
 この家は、玄関を入ってすぐに居間で奥に部屋が三つ、台所などがきちんとしてる、一人暮らしでは少し広い家だった。
 彼女はこの家で、長い間暮らしていたらしい。暖炉の上などに、家族の写真が飾ってあった。
 俺が部屋に入ると、ホコリ一つないきちんと掃除された部屋があった。
 家族はずっと昔になくなっていると聞いていたから、ひどい有様だと思っていたが、どうやら俺の考えは甘かったようだ。
 俺の荷物は少なく、バック二つだけだった。
 それを床に放り投げると、ベッドにどかっと座った。
 すると、戸がガチャッと開いてぴょこっと彼女が顔をのぞかせた。
「どうした」
彼女がなかなか入ってこないから聞いてみると、彼女はびくっとして顔を赤くした。
 目をしばらく泳がせた後、彼女はニッコリ笑った。
「なんでもない。・・・おやすみって、言いに来たの」
「ああ。おやすみ」
俺は、ニッコリ笑ってみる。こんな顔、何年ぶりにしただろう。彼女の前だと、こんな顔が自然にできてしまう。
 彼女は、また顔を赤くして勢いよく戸を閉めた。
 俺はまだ寝る気になれず、ベッドから立ち上がる。
 目の前にある机の引き出しを開けてみる。
 そこには、二冊のノートが入っていた。
 一つには、日記と書かれており、もう一つには、何も書かれていなかった。
 俺は何も考えず、日記の方をぺらぺらと流し読みしていた。しかし、流すわけにはいかない言葉を、読んでしまった。
『感覚が無くなった。もうきっと、長くない。』
『やっぱり私も、病気になった。』
『死にたくない。』
俺はノートを閉じ、裏表紙を見た。するとそこには、さっき聞いた彼女の名前が書かれていた。
 彼女が自慢していた、祝福という意味の名が…。


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