【短編】君を想う
特別意識してるわけでもないのに、時々出てしまう昔の呼び方。

腕をつかみ、肩を抱いた。


「……ありがと」

俺の腕の中で、千鶴が小さく言った。


「ん? どうした?」

揺れで目を覚ましたのか、智明が顔を上げた。

……よく倒れなかったな、アイツ。


隣でいつもの小競り合いが始まったかと思ったら、俺が降りる駅に着いた。

「じゃ、俺、行くね」

降りた電車が通り過ぎる時、まだ2人は小競り合いを続けているようにも見えた。



あの2人、仲が悪いように見えるけど、実はお互いがお互いのことを好きなことに、俺はずっと前から気づいていた。


千鶴は子供のころからいつも、智明を見ていて、智明の後を追いかけていた。

智明の方も、からかいながらも、いつも千鶴を見ていたように思う。

俺の役回りは、そんな2人を後ろから見守ること。



3人の中では自然と兄的存在になっていた。



中学生になって、男だとか女だとかってことを意識し出したのか、智明は千鶴と距離を置くようになった。

その間も、千鶴は智明を遠くから見てたっけな。



──俺が見てるのも気づかずに。



いつから好きだったのかなんて、わからない。

千鶴や智明と同じだと思う。

気がついた時には、好きだったんだ。



初めて好きになった女の子。

母親が死んだ時、一緒に泣いてくれた女の子。



それが千鶴だった。



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