粉雪2-sleeping beauty-
―ガチャ…

合鍵で鍵を開け、千里の部屋に入った。


つきっ放しの電気は、嫌でも数時間前の凄惨な光景をフラッシュバックさせる。



一度深呼吸をし、風呂場に足を進めた。


綺麗に洗い流されたその場所は、血の海なんて広がっていなかった。


多分、救急隊か誰がやってくれたのだろうが、俺は何も思い出せない。



足元に転がっている写真立てを拾い上げ、その顔も見ずにいつもの棚に戻した。


籐で統一された南国みたいな家具は、海の望めるこの部屋にピッタリだと思う。


部屋に香るのは、スカルプチャーの香り。


全然違う部屋なのに、あのマンションを思い起こさせた。


千里と隼人さんが生きてきた部屋。


そんなことにまた、息苦しくなった。




『…それがママの彼氏の“隼人”さん…?』


後ろから、覗き込むようにしてルミが聞いてきた。



「…服とか多分、その辺の引き出しだと思うから。
俺わかんねぇし、適当に探して。」


だけど俺は、無視して煙草を咥えた。


まるで、侵食でもされてしまいそうで、それがただ怖かった。



『…格好良い人だね。
優しそうに笑ってる…。』


諦めたように、ルミはポツリと呟いた。



「…顔は良いから、女なんて腐るほど居たよ。
だけどあの人は、千里以外には目もくれなかった。
千里は、あの人の全てだったんだよ。
多分、俺の方が長い時間一緒に居たはずなのに、心なんて開いてなかったと思う。
そんな顔して笑うのも、千里の前だけだったんだよ…。」



俺自身、何でこんな話をルミにしているのかわからない。


だけど少しだけ悲しくて、そして悔しかった。


隼人さんは今、何を想い、何をやっているんだろう?


何で千里を、迎えに来なかったんだろう…?


死んだくせに…


俺と千里を縛り続けてる…。


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