だから、君に
【1】何してんの
【1】何してんの

一度だけ、空を飛ぼうとしたことがある。

小学四年生の冬だった。
校舎二階の被服室は、放課後になると誰も人がいなくなる。
僕は毎日のように侵入し、ベランダの手摺りに腰掛けながら、ひとけのない中庭を眺めていた。

冬にも滅多に雪の降らない僕の地元にも、その日は一日中雪が降っていた。池の鯉はさぞかし寒いだろう。
そう思いながら澱んだ色の池に注目していた僕は、あ、と小さく声をあげた。


なんてことはない、一匹の赤い鯉が、ぽちゃんと高い水音を立てて跳ね上がったのだ。

この寒いのに、よくもまぁ寒い外へ出ようと思ったものだ。
いや、水の中と外、どちらが寒いのだろう。

そんなことをぼんやり考えているうちに、赤い鯉は何度も何度も跳ね上がる。

そのもがき様は、「こんな汚い池にこれ以上居たくねぇんだよ」とでも主張しているかに見えた。

そしてなんだか、ひどく僕に似ているように感じた。



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