だから、君に
ふと、夏の終わりに見た花火が脳裏によみがえる。
あのときは無数の花火が色とりどりに空に打ち上げられて、無数といってもあっけなく終わりがやってきて、それでも僕はたくさんの光を目に焼き付けたはずだった。
なのによみがえるのはその花火より、隣にいた麻生の横顔と、彼女の浴衣の小さな花火。
母と芹澤さんと、それから由紀と、一緒に見たはずの花火はもう記憶に残っていない。
ひとつひとつが大切な欠片のようで、ひとつひとつ確実に失われていくのだ。
静かに目蓋を閉じる。
浮かぶのは、暗くて重たい青色の海。
つないでいた由紀の手の冷たさ。
それが少しずつ薄れていくことに、僕は気がつき始めていた。