静かに藍希が言った。


「…藍希…?」

「涼君、私ね、今すごく幸せなの。」

「ぇ………」


告げられた言葉に胸の辺りが温かくなる。


「私が生まれて、涼君が生まれて。私も涼君も大きくなって、通った学校が同じで。あの日涼君が屋上に来てくれて…。」

「…………………」


藍希の腕が、躊躇いがちに俺の背中に回される。


「全部全部、奇跡なんだよ。」


暗がりの中で、藍希が笑った。

その顔があまりに可憐で、つい見惚れてしまうほどで…。


「藍希……」


「だからね、私は幸せなの。たくさんの奇跡が重なって、涼君とここにいられて…。だからすっごく幸せ。」


普段考えもしなかったこと。


この星が出来て、気が遠くなるほどの年月を経て生命が生まれ、そして人間が誕生し、遠い未来に俺たちが生まれる――。

当然のことのように思えてしまうことを藍希は奇跡と言い、幸せに感じている。


「(どうして、気付かなかったんだろうな……)」


当たり前のように生きているこの時間―――


それが、当たり前ではなくて奇跡だということ――。


人間は欲張りだから、身近なことに幸せを感じられずにただただ足りないものばかりを探して求め続ける。


そんなものだ、そう思って自分を正当化しようとしていただけなのかもしれない…。


でも………



「……私今まで生きてて一番幸せ。涼君に会えて本当に良かった」


「…俺も、そう言おうと思ってた。藍希に会えて、本当に良かった」



藍希という大きな幸せを得て、自分の周りの小さな幸せを数えていくだけでこんなに満たされている。


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