恋口の切りかた
覆面をマジマジと見つめた俺を、伊羽は見えない視線で眺めてふふ、と笑った。


「こんな私を軽蔑なさるか」



俺は大きく息を吐いた。


「あんた、なんでこんなことを──敵になるか味方になるかもわからないうちから俺に教えた?」


こいつは今、自分に敵対する者は許さないと言ったが……

俺を排除するどころか、こんな秘密、俺がバラせばその時点で伊羽家は終わりだ。


過去の雨宮失脚事件に俺の親父殿が手を貸している、という保険があるにせよ、

こいつにとって、こんな重大な弱みを俺に見せる利点は皆無なんじゃないのか?


口で言ってることとやってることが一致しない──っていうか理解不能だ。


「一晩で城内の汚職犯と対立勢力を一掃し、今の話によれば家族まで謀殺したほどの男の行動とはとても思えないぜ」


俺が言うと、伊羽は悲しそうな──

あの、泣いているかのような力無い声で笑いを漏らし、


「何故でしょうね。

今日あなたが訪ねてくるまで──
私とて、このようなもの、見せる気はなかったのですがね……


あなたの信頼を得たいと思ったのです」



冷徹な印象しかなかった城代家老の口から出てきたのは、俺にとっては予想外の言葉だった。



「己の身を滅ぼすような真似とわかっていても──
己の破滅を招く秘密を引き替えにしても──私は、

円士郎殿、あなたの信頼が欲しかった……」
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