恋口の切りかた
彼のセリフの中に、すがるような必死さを感じたのは、

たぶん俺の勝手な思い込みなのだろうが──


「このジジイは、正気を失ってんのか?」

俺は檻の中で、目玉をぎょろぎょろさせながら、低くうなり声だけを発している男を示した。


「ええ。おかしなものですね、こんな父親に愛情など欠片も抱いていないつもりでしたが──

いざ、殺す時になって心のどこかでためらったのか……

毒の量が致死量には届かなかったようで──命を取り留めた代わりに父はこうなりました。

以来、五年間ここにいますよ」

「毒……かよ」


こいつは実の父親を──毒殺しようとしたのか。


「円士郎殿もようく気をつけられよ。

貴殿の剣の腕は今や城下に知れ渡っている。
闇討ちや不意打ちで斬り殺そうとしても、それが可能な者は少ないでしょうが……

しかし毒を用いれば、たとえ女子供であろうとも、達人である貴殿を容易に殺すことができる」

「そりゃまた生々しい忠告痛み入るぜ」


俺は表情が強ばるのを感じながらそう言って──

──この有り難い忠告を心に刻んだつもりで、どうやら結局は他人事だと考えていたらしい。


この時の伊羽の言葉を本気で心に留めていれば、防げたかもしれないのに



これよりわずか半年と少し先に、
まさに女子供の手によって俺は死の淵に突き落とされるハメになるのだ……。




「あの腹違いの兄三人は、確実に葬ってやりましたがね」

伊羽は投げやりにそうぶちまけて

「心が痛まなくて良いでしょう」と、昏(くら)く沈み込むように自嘲した。

「私はこのとおり、地獄に堕ちるべき最低の悪人なわけですから。
心置きなく利用して、いつでも切り捨てればいい」

「は、いい度胸だな! ──と言いたいところだが……あんたなァ」


俺は思いきり嘆息する。


「言いたいことや聞きたいことはイロイロあるが──

とりあえず、

こういう捨て身技で信頼を得ようとか考えるんじゃねえよ!

フツーはいねえぞ、こんなん見せられてあんたと手を組もうなんて奴」
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