蛙の腹
第4章 蛙の戯言
駅前の広場で、煙草を吸う。
じっと行過ぎる人の波を見つめる。

みんなが目的を持って歩いているのだろうなぁ、これから何をしようと思う。
傾いた心は今日では取り戻すことはできない。
それは経験上わかっている。

折角時間もあるしと、仕事も探さず、美術館にでも行こうかと考える。
僕は、目的が一つできたと喜んだ。
近代絵画の絵が並ぶ、展覧会場は平日というのに行列をつくっていた。

おじさんはあまりにも顔を近づけてミレーの風景画を見て、美術館の学芸員に注意された。
おばさんは照明が暗くて絵が見えないと嘆いていた。
僕はこれといって立ち止まって鑑賞するような絵画も見つけきれず、人の頭ばかり見続けて20分もしないうちに出口まで来てしまった。
千八百円の入館料を払ってまで、何のためにここへ来たのか。

仕事もない、金もない男が美術などを鑑賞しにきたのか、それが不思議だった。

絵画を買い付ける金もないし、僕の人生とは一切関わりのない。
美術館をでてもそんな西洋の風景があるわけでも絵画のような世界があるわけでもない。
遮断された百年もの時間の狭間を人は想像力で埋めるのか、市場の価値で、情報の価値で埋めるのか、百年、西洋、現代の日本。
何も関わりのないものの幻想で満たされている場所。
ものを見て何になるのか。裕福な友達がいるわけでもないし、美しいと思うわけでもない。
価値も分らぬ僕がなぜここに足を運んだか、もう二十年後ぐらいに生活の不安もない時に美術は鑑賞すればいいのに勉強にも情報にもならないところに来てしまった。

芸術家の名前を一人覚えて、作品をこの目で見たことが高尚な証でも与えられるのか、その価値を知っていると悦に入れるのか、とにかく身分にふさわしくもないところに来てしまったと、自分でも恥ずかしくなった。

ゴッホのアイリスを枯らしに来たのは僕でした。

日も傾きだした帰り道に路上に落ちていた、おみくじを拾った。

大吉だった。

願い事、思うようにならないでしょう。
時を待てば適います。待ち人、来ますが遅くなります。
商売、あまり利益はないでしょう。大吉らしくない運勢が示されていた。

これもこの広い世界のなかで偶然、拾い上げてしまった僕の運勢を示すか。

僕はポケットなかにおみくじをしまった。
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