キミは聞こえる

 泉は突き放すように桐野の体を押し、廊下へと走った。
 友香の母からかもしれない、と思った。

「はい、代谷です」
『こちら住宅ライブラリーという者ですが、失礼ですが奥さまでいらっしゃい―――』

 女が「ますか」まで言い終える前に、泉は叩きつけるように受話器を置いた。

 おおかた東京もしくは首都圏にマンションを買いませんかというよくある迷惑電話だろう。あまりにも間が悪すぎだ。

 泉は前髪をかき上げてひとつ大きなため息をついた。

(………なに、しようとしてたんだろ)

 こんなときに。
 達彦が苦しんでいるときに自分はいったいなにを。
 
 泉は眉根を寄せて頭を振った。

 ―――なんでも、なかったんだ。

 そう、なんでもなかった。ただ、目が合っただけ。それだけだ。

 桐野が洗面所から出てくる音がして、顔を上げると、向こうもどこかきまりが悪いような恥ずかしげな表情をしていた。
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