キミは聞こえる
桐野の祖母の伝えたい意味を、ちゃんと理解してあげたいと神経をすべて祖母に向けていたのだから気づかなくたってそれはしょうがない。
集中して周りが見えなくなることはよくあることだ。
ベッドのそばで困ったり、苛立ったりしていたのは、わかってあげられない自分への情けなさに対するものだろう。
泉は思う。その感情が胸に生まれるだけで桐野は十分に優しい人だと。
乱暴なことをしていた祖母も、孫の思いはきっと伝わっているはずだ。
だから桐野は、なにも恥じる必要も、ましてや悔やむ必要もない。
ぽかんとしたまま泉の言葉を聞いていた桐野は目が合うとわずかに頬を赤らめて「ありがとう」と小さく言った。
「気にしなくていい。それじゃ」
「ああっ、ちょっと待って!」
…まだあるのか。早く帰りたいのに。
泉は唸るように尋ねた。「まだ、なにか」
「俺と代谷さんて帰る方向おなじなんだよね。一緒に行ってもいい?」
訊きながら、ちゃっかり隣に並んだ男を見上げるとけっこうな高さだった。頭半分くらい―――いや、それよりもう少し差がある。
そういえば、夕方家に来ていた桐野の母親は近所だと言っていた。お互い向かう先はある程度一緒ということか。
男子と並んで歩くことに抵抗を覚えたが―――訊かれて、断って、微妙な間隔を保ったまま帰ることほど気まずいものはないと思い―――仕方なく泉は頷いた。